その時は自分でも不思議な感じがしてい
ました。
どこか遠くのところで思っていたのかも
しれない感覚、
「はやく沢山いろんなことをしなきゃ」
「一緒に出かけて、いっぱい思い出を作
っておかなければ」
急に、今行っておかなければと、出かけ
たい感覚がどんどん強くなっていった。
コロナ禍の前に行った長崎とハウステン
ボス、それが最後の泊まりの旅行。すぐ
次に予定していた草津温泉への旅はお預
けのまま、その後はあまり出かけること
がなくなりました。
何で読んだのかは忘れたんですが、「父
親の壁」というものがあるそうです。
男性として、その仕事や遊び、知識や経
験の深さなんかでかなわない部分がたく
さんある。そういったことを指すものな
んですが、他の意味でもう一つ。
それは「命の絶える順番」
僕は長男です。いい年なんですが、子ど
もはいくつになっても、父親の背中や行
動を見ています。多くの人は父親の存在
に安心して、嬉しく思っているはず。
そして父親が生きている間は、自分が死
ぬとかこの世からいなくなるといった感
覚を持たない。
でも、その感覚は父親が亡くなると、全
く変わってしまいます。命の順番の前の
列の人がいなくなって、その順番の先頭
にいるのが自分になったのに気がつく。
実際には、他の兄弟だったり、母親だっ
たりするのかもしれないんですが、その
順番の崖の先頭にいるのに気づく。
崖の下には、底が見えないぐらい深くて
霧に包まれた、風の強い谷底がある。そ
の先頭にきてしまった。
いつ崩れるか分からない足元。そしてい
つか必ず崩れる足元の土。
それを意識してしまうようになるといっ
たことです。
そのコラムみたいなのを読んでから、何
となく頭の片隅から離れない。ずっと残
っていました。普段はそんなことは意識
することもないんですが、2015年5
月3日に父親が亡くなってからは、その
ことをよく思い出すようになった。
「楽しかった。もっといっぱいお母さん
と旅行に行っておけばよかった」
認知症が進む前の父親の言葉が、心に残
っていました。