yururi-furu’s blog

ゆるりと続けるフルコミ営業

ありがとうの答え(本日妻が亡くなりました㊿/㊿)

 

2024年1月20日の午後、合掌の郷

さんで、妻の弟さんの一周忌法要の打ち

合わせと、妻と妻の弟さんの合同納骨式

の打ち合わせを行いました。

出席したのは妻のお母さんと妻のお兄さ

ん、そして妻の弟さんの奥さんと僕。事

前に予約しての打ち合わせでしたが、係

りの人に

「お二人一緒の納骨ですか?」と確認さ

れました。去年の二人の新盆のときもお

坊さんに

「お二人ですよね?」と言われた。

 

家族が続けて亡くなったり合同で納骨を

行うのは、交通事故か災害にあったとき

ぐらいだそうです。この霊園でも 1年に

数えるほどしかない、稀なケース。


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①2020年2月4日 長崎市眼鏡橋のハートの石

②2024年2月13日の横浜の青空

 

葬儀屋さんに着いて、これからのスケジ

ュールを聞いた後、担当さんから

「奥様に会っていかれますか?」と声を

かけられ、安置所に案内されました。

小さな部屋の左側に、3人分の安置扉が

あった。

その手前側に妻の名前がありました。

扉を開けて、ステンレス製の棺の蓋を開

くと、横たわっている妻の顔が見えた。

その頬にそっと触れた僕は、足元が崩れ

ていくような、体の力が抜けていくよう

な感覚に襲われた。

病院の霊安室で面布を外したとき、妻に

はもう体温がありませんでした。

でもここで触れた妻の頬の冷たさは全く

別のもの。冷凍庫の物の冷たさです。

当たり前ですが生きていない。そしてそ

の現実が何度も何度も突きつけられる。

そんなもの、こらえられる訳がない。

 

 

翌日、妻の両親と僕、そして子供たちと

一緒に葬儀の打ち合わせに行きました。

2時間近い打ち合わせが終わり、疲れた

足で自分の車に乗ろうとしていたとき、

何気なく僕がつぶやいた言葉は

「お母さんのあの小さな温かい手を、も

う一度だけ握りたい」

子供たちは黙って頷いた。

 

その時、近くを歩いていた 30代ぐらい

のお母さんと 3歳ぐらいの小さな女の子

がいました。まったく知らない親子。

でも目が合った瞬間その女の子がお母さ

んの手を離して、真っすぐ僕の所に走っ

てきた。そして満面の笑顔を見せ、小さ

く温かな手で僕の手をしっかり握った。

「ありがとう」という言葉を添えて。

 

たぶん偶然。きっと。

 

でも何か救われた気がしました。

妻がくれた答えだと思いたかった。

 

 

 

ここでこの病気の話は一旦終わります。

別な記事をいくつか書いたあとで、僕が

この妻の病気で気づいた伝えたかったこ

とを書きます。

どこにも書いていない「気づき」です。