yururi-furu’s blog

ゆるりと続けるフルコミ営業

お父さんに怒られちゃう(本日妻が亡くなりました㉟/㊿)

 

上高地での大正池から河童橋までのハイ

キングでは、以前妻と来た時のことを子

供たちに聞かれたので、一つ一つ思い出

しながら話して歩きました。

最初にバスを降りた妻が、大正池の中の

枯れた立木越しに見えた穂高岳を見て、

その雄大さに、しばらく見とれていたこ

と。田代橋そばの案内板の椅子に腰かけ

てお菓子を食べていたことや、河童橋

交わした会話なんか。

 

6月10日は、高山駅近くのホテルに泊

まって、食事の後に温泉に入ったり、マ

ッサージを頼んだりしながら、夜遅くま

で妻の思い出をみんなで話しました。本

当に一緒に来たかった。連れてきたかっ

たんです。


f:id:yururi-furu:20230618070018j:image

f:id:yururi-furu:20230618054140j:imagef:id:yururi-furu:20230618054200j:image

f:id:yururi-furu:20230618054258j:image

飛騨高山


f:id:yururi-furu:20230618054326j:image

f:id:yururi-furu:20230618054345j:image

白川郷

 

妻が無菌室に入院していたときは、まだ

コロナ禍だったので、一般病棟は面会が

禁止されていました。ただし無菌室は、

面会用の通路が隔離されていることと、

無菌室とは厚いガラスで仕切られて、感

染の可能性が無いために面会が許されて

いた。

 

僕が無菌室用の内線電話で妻に話しかけ

ている途中で、妻はハッと気づいたよう

な夢からさめたような顔して

「私はいま、お父さんと何を話していた

んだっけ?」

幸いなことに、さっきまでの別な人格は

どこかに消えて、許しを懇願したことも

覚えていないようでした。

「今日の体調とか、ご飯のことだよ」と

僕が答えると

「そうだ、ご飯を食べなくちゃ」とベッ

ドに付いている移動式のテーブルを自分

のほうに引き寄せて、テーブルの上のト

レイのお茶碗と箸を手にした。

 

この時点で、無菌室に入院してから、も

う 2ヶ月以上経っています。そしてその

間はほとんど何も食べていません。抗が

ん剤や放射線のせいで食欲が無くなった

ままです。1日に 500mlのペットボト

ルの水 1本飲む以外は、ほぼ点滴だけ。

でも、そろそろ食べられるはずなので、

この日から食事を出してもらいました。

 

 

本当は食欲が無くて食べたくない妻は、

お箸の先にお米をほんの 10粒ぐらいだ

けつまんで、やっと口に入れた。

どこか遠くの一点をじっと見つめて

「食べないとお父さんに怒られちゃう」